東京都内から名古屋に出張することを考えます。 このとき第一選択になるのは、やはり新幹線でしょう。大阪や神戸なら、 割引のほとんどない新幹線を嫌って羽田→伊丹便の格安航空券を利用する人が少なからずいますが、 名古屋の場合は中部国際空港が名古屋市街から遠いので、 新幹線を選ぶケースがかなり多くなるでしょう。
ちなみに余談ですが、評論家の岡田斗司夫氏は、 東京→新大阪のように新幹線と飛行機のどちらも選べる区間では、 ダイエット中の人が車内販売の誘惑に負けないためには、 販売時間の短い飛行機のほうが有効、という、新幹線の意外なデメリットを説いています。
余談が過ぎました。さっそく計算してみましょう。 出発地はあえて、東京駅ではなく山手線で20分の池袋駅とします。 目的地はとりあえず名古屋駅でいいでしょう。
発駅に「いけぶくろ」、
着駅に「なごや」と入力します。
入力する路線名は、京浜東北線が合流する田端までは「山手2」、
東京駅までは「東北」です。山手線に「2」がついているのは、
以前に見たように、
品川〜代々木間が「山手1」という路線名になっているからです。
これはJR社員が実際に使う端末の表示に倣っています。
(お客さんが手にする切符への表示は、どちらも単に「山手」だそうです。)
さて困りました。右側の路線一覧に「東海道新幹線」がありません。 東北・上越新幹線はあります。そして、 何の冠もついていない「新幹線」という候補がQの位置にあります。 とりあえずそのままEnterキーを押してみましょう。
「最後の路線は」というウィンドウが出て、 その中に「新幹線」という候補が出ました。結論から言うとこの「ただの新幹線」が、 MARS上では東海道・山陽新幹線のことになります。これを選びます。
次のような結果が出ました。 「[区]東京都区内」から「[名]名古屋市内」まで366.0kmとあります。 経由も全く違う、東海道本線(つまり在来線)がひとつだけ出ています。
なんとなく怪しいので、Yahoo!で検算してみましょう。
…378.3kmとあります。おかしいですね。金額は6260円であっているようです。
これは、「幹在同一視」「特定市内」というふたつの特例が絡んでいます。
まず「特定市内」から。JRでは、東京・名古屋を含む11の大都市について、
の場合には中心駅から and/or 中心駅までのキロ数で計算する、 ということになっています。 なお、東京の場合、「東京市」が廃止されて久しいのですが、 東京23区をまとめてひとつの市とみなすことになっています。
ためしに、 Yahoo!で「池袋→東京」「東京→名古屋」を別々に計算してみてください。 MARSでは、池袋→東京の12.3kmをノーカウントとして結果を表示しているのです。
これは、まだ国鉄の切符発行が機械化されておらず、 電卓すらも世の中に存在しなかった(計算はそろばんで行っていたようです)時期に、 たとえば東京地方のお客さんから「池袋から名古屋までの切符を」「品川から金山 (名古屋の2つ手前)までの切符を」のように注文を受けていちいち精密に計算する手間を省くために設けられたとされています。
ですから、切符の発行が一部の例外を除いてコンピュータ化された現在となっては、 今後あたらしく「[千]千葉市内」や「[埼]さいたま市内」 といったものが追加されることは考えにくいというのが定説です。 (期間・行先限定の「企画乗車券」の類ではたまに、 「さいたま市内発着」という設定で売り出されることがあります。)
この事情は新幹線回数券でも同様で、券面には 「東京(都区内)⇔名古屋(市内)」のように書かれています。 この回数券だけで、東京23区内のどの駅から名古屋市内のどの駅までも (もちろん回数券なのでその逆方向にも)乗れるのです。
これを読んで「へぇ〜」と思ったアナタ、 たとえば杉並区の西端の西荻窪駅から回数券で名古屋に行くときに、 「西荻窪→東京 390円」の切符を買っていませんでしたか? これは全く要らなかったのです。あるいは、西荻窪のひとつ西、吉祥寺からの場合にも 「吉祥寺→東京 390円」を買っていませんでしたか? これは「吉祥寺→西荻窪 140円」でよかったのです (東京駅の中間改札で回数券と一緒に機械に通せます)。
※「[山]山手線内」については後述します。
さて、ふとコンピュータから離れて、紙の時刻表をめくってみましょう。 最初の青いページに新幹線がまとまっていますよね。 それによると、東京からのキロ数は次のようになっています。
東京 | 0.0km |
---|---|
品川 | 6.8km |
新横浜 | 28.8km |
小田原 | 83.9km |
熱海 | 104.6km |
ここではまだ深く考えずに、そのくらいの距離か、と認識しておいてください。
次に、在来線のページ(灰色の紙)のいちばん最初を開いてください。 東海道本線のはずです。そこで主要駅のキロ数を拾ってみましょう。
東京 | 0.0km |
---|---|
品川 | 6.8km |
横浜 | 28.8km |
小田原 | 83.9km |
熱海 | 104.6km |
新幹線と全く同じキロ数が出てきました。 その先の東海道本線・山陽本線・鹿児島本線のページを、 並行在来線がJR線ではなくなる新八代まで追いかけていくと、 すべて完全に一致していることがわかります。
(なお、後述しますが、新岩国〜徳山間については山陽本線ではなく、 距離の短い岩徳線のキロ数を使うことになっています。 物理的にも、新幹線の線路はおおむね岩徳線沿いに通っています。)
さて、そんな偶然があるでしょうか?そんなはずはありません。 新幹線はスピードを出すので、大抵の区間において、在来線よりも直線的なルート、 つまり近道を通っています(前述の上野〜大宮など、一部例外あり)。 そうでなくても、キロ数を「どの駅でも」「完全に」一致させることなど、 普通の設計では実現不可能でしょう。
この種明かしは、「幹在同一視」という制度です。 新幹線のキロ数は、実際の距離(実キロ)ではなく、 並行在来線のキロ数で計算することになっているのです。
というのは、戦後の復興期に新幹線計画が持ち上がったとき、 提案者が「東海道本線はもう余裕がないほど混雑しているから、 東京〜大阪間にもう1往復、新しい線路を一気に建設すべきである」と主張したのです。 その真意は別のところにあったのですが(注)、 とにもかくにも、東京〜新大阪間は 「既存の東海道本線の増設」という扱いで建設されることになりました。
これはその後の新幹線でも同様で、 並行在来線が廃止あるいは分社化された区間を除いて、 すべて新幹線は並行在来線と同じ路線ということになっています。
そのため、「(池袋→)東京→(新幹線)→名古屋」と入力しても、 東京→名古屋間を並行在来線(東海道本線)に置き換えて計算するのです。
(注)この「真意」については、前間孝則著『亜細亜新幹線―幻の東京発北京行き超特急』講談社文庫、 もしくは文庫化前の『弾丸列車』実業之日本社、 をぜひお読みください。当時の国鉄の事情がうかがい知れる、興味深い文献です。
東京から、神奈川県の西端・湯河原駅に出かけることを考えます。 東京から湯河原(のひとつ先の熱海) まで直通する在来線電車も10分に1本という高頻度で走っていますが、 急ぐ場合は熱海まで〔こだま〕号を使うのも十分に合理的な選択でしょう。
計算してみましょう。
…99.1km、1660円と出ました。東京→熱海は104.6kmありますので、 それより短いキロ数が出てくるのはおかしな話です。
実際問題として、この経路は1枚の切符では買えません。 「東京→熱海」1940円と「熱海→湯河原」190円/IC185円の2枚が必要になります。 これはとりもなおさず、小田原〜熱海間では新幹線と在来線が (実際には並行していないにもかかわらず)同じ線とみなされて、 熱海まで行って同じ線で湯河原まで引き返してくる、 と解釈されることになるからです。
このように「実際にはありえないきっぷ」が算出されてしまうのは、 SWAいわく「仕様」だそうで、新幹線関係の計算をする場合は必ず路線図で確認して、 見かけの計算結果に騙されないようにしてください。
ところで、新幹線は原則としてSuicaで乗ることができません。 (並行在来線のSuica定期券でJR東日本の新幹線に乗る場合は例外です。 この場合、特急料金はチャージから差し引かれます。)
そのため、JR東海の路線である東海道新幹線のみならず、 JR東日本の路線である東北・上越新幹線も、東京・仙台・新潟近郊区間には含めないということになっています。
どういうことかというと、たとえば
小山→(宇都宮線)→大宮→(高崎線)→高崎と乗る場合は東京近郊区間内なので、
小山→(両毛線)→新前橋→(上越線)→高崎という安い運賃(91.7km、1660円/IC1663円)で大宮経由で乗れます。 ところが、小山→大宮、大宮→高崎のどちらか片方でも新幹線を利用してしまうと、 経路通りの切符(125.0km、2270円)が必要になります。
計算してみましょう。
「大都市近郊区間外(新幹線)経由で計算しました。」とはっきり出ています。
ところが、上段の経由路線は、 新幹線から在来線に書き換えられてしまっています。 そのため、この状態からEscキーで入力画面に戻って、再度Enterキーで計算すると、 「大都市近郊区間内相互発着なので、以下の経路の乗車券でも乗車できます。」 と出てしまいます。
これもMARSの仕様となりますので、騙されないようにしてください。
さて、上記の「東京→熱海」の計算をご自身で試されたでしょうか。 出発地の東京駅が「[山]山手線内」に置き換わったはずです。これは、
たとえば「品川→熱海」は104.6km−6.8km=97.8kmで、 本来なら1660円のはずですが、この特例があるため、6.8kmを差し引くことができず、 1940円かかってしまいます。
ここで少しでも得をするには、たとえば湯河原のさらに一つ前の真鶴駅で区切って、 「品川→真鶴 1490円」「真鶴→熱海 200円」と分割購入する方法があります。 わざわざ真鶴駅で降りなくても、品川駅の指定席券売機でこの2枚の乗車券を別々に購入できますし、 2枚併用で品川から新幹線にも乗れます。
ただし、「品川→真鶴 1490円」の切符だけを買って入場し、 新幹線乗り換え改札を通ろうとすると、 1940円と1490円との差額450円を請求されますので、 注意してください。
ここで面白い例題をひとつ出しておきましょう。
練習問題として、「山梨市→(中央線)→新宿→(埼京線)→板橋」 を計算してみてください。手順はぜひ、ご自身で考えてみてください。
答えは「118.5km、1940円/IC1944円」となります。計算できたでしょうか。
ここでもうひとつ、「山梨市→新宿」で計算してみてください。
…そうです、新宿は山手線の駅なので、東京駅までのキロ数で計算されて、 板橋までの途中にあるにもかかわらず、値段が逆転してしまうのです!
たまには、こういう予想もしなかった例が出る、ということで。
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